
AC Schnitzerの終了が意味するもの
欧州チューナー業界が、大きな転換点を迎えている。
2026年、AC Schnitzerが活動終了を発表した。
BMW関連でいえば、ALPINAがBMWに吸収されるという出来事も重なった。
※アルピナは独立したメーカーとして認められる以前はチューナーだった。
一見すると企業の判断に見えるが、これは単なる経営問題ではない。
むしろ、チューナー業界全体に起きている「構造変化」を象徴する出来事である。
90年代との共通点と違い
90年代、欧州チューナーは一度大きな淘汰を経験している。
景気後退、排ガス規制の強化、そして、BMW Mやメルセデス・AMGなどの社内チューニングメーカーの影響による純正車の性能向上。
この3つは、現在でも確かに共通している。
しかし、決定的に違うのは、その変化が「元に戻るかどうか」だ。
90年代は、あくまで回復可能な“冬”だった。
エンジンという中心的価値は揺らいでおらず、市場が戻ればチューナーの役割も復活した。
だが、今回は違う。
電動化とソフトウェア化、そして厳格化する認証制度。
これらが同時に進行した結果、
■ 「量産車ベースのチューニング」というビジネスモデルそのものが成立しにくくなっている。
なぜ中間チューナーが消えるのか
この変化の中で、特に厳しい立場に置かれているのが
「中間チューナー」と呼ばれる存在だ。
これは、量産車をベースに高品質な改良を施し、現実的な価格で提供する企業を指す。

AC Schnitzerはその代表例だった。
しかし、このポジションは現在の構造では成立しにくい。
- 認証や試験にかかるコストは増え続けている
- 高度に電子制御化され、開発はますます難しくなっている
- それでも価格は簡単に上げることができない
この3つの圧力が中間チューナーにとって厳しい問題となっている。
さらに決定的なのは、メーカー自身の進化だ。
BMWのMモデルや純正パーツなど、各ブランドのパフォーマンス部門は、かつてチューナーが担っていた領域をほぼカバーしている。


つまり、「性能」という価値はメーカーに内製化されてしまったのである。
その結果、「純正+メーカー保証」という強力な選択肢が成立し、外部チューナーの“性能的な優位性”は急速に薄れていった。
実際に、メルセデスのチューンをメインにしていたCarlssonはすでに大きく規模を縮小し、Lorinserもかつての存在感を維持するのが難しくなっている。
生き残るチューナーの条件
一方で、すべてのチューナーが苦しんでいるわけではない。
例えば、BrabusやMansoryは現在も強い存在感を持っている。
この2メーカーの共通点は明確だ。
■ 「性能」ではなく「ブランド価値」を売っていること。
極端に言えば、同等の性能でも「そのブランドであること」に意味がある。
これはメーカーにも代替できない領域であり、ブランドバリューでいえばチューナー界のルイヴィトンともいえる。
そのため、規制コストなどが上がってもブランド価値でそのコストを補うことができる。


もともとメーカーに近い思想を持ち、性能や品質で価値を提供してきた企業ほど、ブランド価値へと軸足を移すことは難しい。
そして現在、市場から姿を消しつつあるのは、まさにそうした企業である。
■ それは単なる淘汰ではなく、“そうした存在を成立させる市場そのものが失われた構造的問題”でもある。
また、RUF Automobileのようにチューナーからメーカーとして独立した存在も例外的に生き残っている。
これは車体からほぼすべてを自社で開発・製造するビジネスモデルによるものであり、
量産車ベースのチューナーとは根本的に異なる存在である。
この点こそがALPINAとの決定的な違いでもある。

変化の本質は“淘汰”ではない
ここで重要なのは、現在起きている現象を単なる淘汰と捉えないことだ。
これは「弱い企業が消えている」のではない。
むしろ
■ 最も真っ当だったチューナーが成立しなくなっている
という点に本質がある。
これは“進化”ではなく、“役割の消滅”に近い。
「普通の車を、より良くする」
その健全なビジネスモデルが、最も厳しい状況に置かれている。
EV時代がもたらす決定的な変化
そして今後、この流れはさらに加速する可能性が高い。
電動化によってエンジンという差別化要素は消え、ソフトウェアによって車両制御はブラックボックス化される。
これにより、チューナーが介入できる領域はさらに縮小し、差別化も難しくなる。
つまり、
■ チューナーが提供してきた“機能”は、構造的に成立しにくくなるのである。
氷河期の始まり
一方で、MansoryやBrabusなどの超高級ブランドは生き残っている。
これは偶然ではない。
■ 現在起きているのは淘汰ではなく、市場構造の再編であり、チューナー文化の転換でもある。
■ マシンの「性能」を売るのではなく、ブランドの「価値」を売る存在へと変わっていっている。
チューナーという存在そのものが問われる、“氷河期”の始まりである。
それは単なる業界の変化ではなく、自動車文化そのものの転換点でもある。
そしてその中で、何が生き残り、何が消えていくのか。
その答えを、すでに市場が静かに示し始めている。
では、なぜALPINAのような理想的な存在ですら生き残れなかったのか。
次回はその理由を掘り下げていく。
